片隅にあるものを愛した人

hogodou2008-10-20

今日は、東京国際映画祭市川準監督の遺作となってしまった『buy a suit スーツを買う』の一回目の上映があった。
終って、どうもまっすぐ事務所に帰りたくなくて、歩く。
いらしていただいたたくさんの皆さん、ありがとうございました。
深夜、ふと思い出して入沢康夫さんの詩集『唄 遠い冬の』を読んでいると、こんな詩に出会う。


梅雨の晴れ間

今日 うまやはし
草みどり色に塗り立てられた鉄骨のアーチの端を
蔵前側から 本所に向かって渡りはじめ
渡り切った所で
すぐまた引き返してきました
(吉岡さん あなたに会ひたかつた 会ひたい)
でも時間がなかった
いや 時間がありすぎるのかもしれない
なんと愚かなのでせうか
おめおめと
こんなふうに生き恥をさらして
「ある」といふことは

下痢もよひのお腹を どうにも もて余しながら
雲の切れ目の暑い陽射しは じりじり肩に受け
もたりもたりと橋の中程にさしかかれば
うす汚れた鳩が
一羽だけ水面をかすめて流れ
ユリカモメなど とんと見えず
上手には 意外と近い あづまはし のビルの
かの奇怪千万なる「おぶじえ」も
金泥いろに光つて
端からどろり 融け出しさうな気配です

うす汚れた鳩がまた一羽 水面をかすめました
吉岡さん
吉岡さあん
娑婆はひどいことになつてゐますよ
(「娑婆」でないよ「私は」だらう)
(さうかもしれない)
こんなになつても
まだ「酸漿のやうな いのちの火」にしがみつくなんて
何とも
無惨なはなしです

ねえ


『buy a suit スーツを買う』をシネマズの大スクリーンで観て、穏やかな市川さんの思いがけないような「激しさ」に触れる。
片隅にあるものを愛した人だと思う。