ドブの中から湧き出るメタンガスの光。

hogodou2009-02-23

これが、まだ全然まとまらないのだ。いやはや。
お弁当生活である。弁当を持って行き始めると、すっかりはまって、もう弁当以外食べれなくなる。コンビニで、あまり美味しくもない弁当に金を遣うのが、馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。カタクチイワシ丸干しが旨い…。どんなに疲れていても、弁当を作るのが、なんだか生活のリズムになっているような気がする…。


まとまらない案件に、悶々とするうちに、地方のある映画館の方からお電話をいただく。
もう10年以上も前に亡くなった、その地方出身の作家の小説を映画にできれば、というお話だった。その小説は…昔、読んでいて、とても好きだった。数年前に復刊されて読む機会があり、感慨を新たにしたり、やはり復刊でその作品を読んだ奥原浩志監督に「知ってます?」と聞かれたり…。
その小説を映画にする。
断る理由なんかない。やってみたい、と心から思う。
その地方でお金を集めて、という話なのだ。美しい映画になると思う。
もちろん、まだ出来るか、どうかは分からない。
でも、空想すると、とても楽しい…。


落語熱、依然止まず。
平岡正明さんの『大落語』を読み始める。


「…長崎起源の中国風踊りが江戸で流行したことがある。その「看看踊(かんかんのう)」の趣向を芝居にとりいれたのが四世鶴屋南北であり、亡者が棺桶から踊り出すという南北的趣向をとりいれた落語が「らくだ」である。」


ふむふむ。


ふと思い出したのだが、小沢昭一さんが、かつてこんなことを言っていた。


「…だから先生(正岡容)の日本浪曲史の中にもあるけれど、浪花節には三河島の工業街かなんかのドブの中から湧き出るメタンガスの光みたいな、そういう美しさがあるんだという視点をあの時点で持ったということね…」


こういう視点が好きだ。
僕たちの“芸能”もそのようなものでありたいと思うのだ…。