甲斐田祐輔組『砂漠(仮)』改め『砂の影』が完成。

hogodou2007-11-30

今日で、甲斐田祐輔組『砂漠(仮)』改め『砂の影』が完成する。
2月には渋谷のユーロスペースで公開になる。
朝から、タイトル入れと音戻し。
編集スタジオに行くと、監督と録音部の黄君が、眠そうな顔で座っている。昨日のMAは、細部の台詞に及びどうやら朝までかかった様子。凄い音になっている。何度も書くようで恐縮だが、8mmなので、シンクロカメラではない。同時録音は不可能なため、現場ではガイドとして音をとり、オンリーとアフレコ(これも限りなくオンリーに近い芝居をしながらのアフレコ)をし、その他のすべての音を録音部が組んだのだ。聞こえてくる町のノイズも、会社の中の音も、衣擦れから爪を切る音まで、何もかも全て。
驚くべき緻密な作業と、映画の内容を深化させようとする音設計に、ちょっと感動する。編集の大重君が、オフラインの終了時と音戻しの終了時に、これだけ映画のルックが違うのは問題だな、と笑いながら言う。
たむらさんの映像といい、菊池さんの音設計といい、これは、自宅のテレビでは再生不可能だ。
もちろん再生はできる。しかし、ベストというのはないが、できるだけ劇場の大きな画面とスピーカーで楽しんで欲しいと心から思う。
夜、久しぶりに日向朝子監督と脚本の打ち合わせ。
日向監督の脚本が持っている不思議な手触りは、下手に直すと消えてしまうほど、繊細なものだと思う。大枠としての直しの方向だけを決め、雑談。「邯鄲の夢」の話をする。
首が痛い。この3日ほど偏頭痛がひどかった。頭痛薬を飲み過ぎたせいで、ちょっとラリった感じ。「低気圧いるよね」と言うと、「友達みたいな言い方しますね」と笑われる。
昨日は深夜、奥原浩志監督と新作の打ち合わせをする。お互い同じ駅に住んでいるのに、わざわざ渋谷で打ち合わせをしていたのがばからしくなり、こちらの帰りに駅近くのファミレスに集合して打ち合わせる事にする。
ボルヘスの世界』に篠田一士さんの「邯鄲にて」が収録されている。
日本でのボルヘスの最初の紹介者である篠田さんのこの文章が好きだ。
「夢は第2の人生である」
これはネルヴァルの言葉。
夢は現実に貫入し、浸透して、現実は夢に貫入して、浸透する。
もはや、この二つを区別する必要はあるのか。