幽閉者2

hogodou2007-01-16

ロフトプラスワンに引き続き、青山ブックセンターで『幽閉者』のトークイヴェント。
たくさんのご来場、ありがとうございました。
中野のタコシェでは、足立監督が獄中で描いたドローイングの展示も始まっています。
愛育社から編集のS氏入魂のオフィシャルブック、HEADZからサウンドトラックもリリースされました。
様々な角度から『幽閉者』を見ていただけたら、とても嬉しい…。

確かに、この作品にとって、Mのモデルとなった岡本公三という存在は小さくはないだろう。しかし、岡本の姿を描くということよりは、60年代、70年代を駆け抜け、パレスチナに渡り、35年の空白を経て再び映画に帰還する、唯一無二と言ってもいい、この足立正生という監督が、現在どんな映画を作ろうとするのか、そのことに対する好奇心に突き動かされるようにして、この映画を製作したのだ。岡本公三という存在を外したとき、この映画は、どんな顔を見せるだろう?

音楽の大友良英さんとは、何度も仕事をしているが、この作業ほど強く印象に残る仕事も少ない。幽閉される者の神経系統が作動する音をサウンドトラックにできないかと話し合った事もある。思い出したが、その時は、ジョン・ケージの話をしたんだった。無音室に入ったケージの耳に、高い周波数の音が聞こえる。無音なのにだ。技術者によれは、それはケージ自身の神経系統が作動している音だと言う。人間には、完全なサイレンスはありえない。そんなサウンドトラックが出来るんだろうか? 僕たちには、Sachiko Mのサインウエイブが必要だった。現実と幻想、過去を行き来するMを、ひとつの流れに集約するサウンドトラックの機能について話し合った事もある。ZAKさんのスタジオでの録音。そして、仕上げの段階で大友さんと“日本映画”の間で起きた闘い…。

宿題は残されたが、もっと遠くまでいけるのではないか、もっと試行錯誤できるのだ、という確信は持つことができたかもしれない。この映画を見てくれた奥原浩志監督が、その試行錯誤への参加を申し出てくれた時は、嬉しかった。

帰宅して、石井聰亙監督の初期作品のDVDを惚けたように見る。
闘争は続けられなければならない。

今日のiPod 渋谷毅『COOK NOTE』→渋谷毅『Afternoon』
敬愛するジャズピアニスト渋谷毅さんのリーダー作を移動中、聞く。生田耕作さんの遺した文章を読む。「現代の人間は、見渡したところ例外なく、ただ生き延びたい、栄えたいという二つの目的だけで生きているようです…」